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一日目 鹿児島-大分

朝が来た。

昨夜、期待とも不安とも言いがたい、不思議な気持ちが心を占めた。新たなことをはじめるとき大抵の人間がそうであるように、僕はベッドの中で心躍り同じくらいかそれ以上に不安定になった。僕はその不安定さを取り除くために日常で行ういつも通りのルーティーンをこなしていた。朝起きてベッドを直し、食堂で朝食をすませたあと、部屋に帰って歯をみがき、顔を洗った。それからテレビを眺めて、音楽を聴いた。昼になると簡単にスパゲティーを作って食べ、ぶらぶらと散歩に出た。同じようなわけで散歩していた猫と挨拶を交わし、一時間くらい暇をつぶしたあと、鼻歌を歌いながら家に帰った。やることもなかったので昼寝をし、起きたときにはもうあたりは暗かった。それから夕食の支度をし、テレビを見ながらそれを食べて、食後に歯を磨いた。寝る前に風呂に入って、上がってから冷たいお茶をのんだ。そうしてベッドに入った。

こんな生活が始まって一年とたっていない頃だったので、ルーティーンと呼べるものであったのか自信がなかったが、とにかくこんな生活を続けていた。しかしこうした日常的な努力も一から全て潰すように、その夜不安のしみは僕の心の大部分を浸食してきていた。まるでカップからこぼしてしまったコーヒーが本のページに染み込んでいくように。僕の力ではその浸食を止めることができない。考えれば考えるほどカップは傾きコーヒーがこぼれて浸食を増す。そんなことになるのなら考えない方がいいと僕は思う。乾くまで待つしかないのだ。僕はあきらめて布団を深くかぶり目を閉じて眠りに入った。 

でももちろんそれは僕を眠らせてはくれなかった。赤いおしりの猿を想像しないでください、と言われたときみたいに考えないでおこうとすると余計に考えてしまう。その分しみの浸食は勢いを増し続けてくる。どうやったらこの呪縛からのがれられるのだろう、逃げたい、やめたい、僕の弱い部分が呻き声をあげて叫んでいた。

ふと気がつくと日が昇っていた。僕は眠ったのだろうか?体がだるくないのを思うとたぶん眠ることができたのだろう。窓の外のまぶしい陽ざしで目が覚め、鳥たちが鳴いていて、寒そうな風に吹かれる枯れ木はしんぼう強く立っていた。昨夜の不安定さはどこかへいき、期待が心の大部分を占めていた。朝が来た。出発だ!