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一日目 鹿児島-大分

大分についたとき、もう日が暮れはじめていた。空を見あげると雲は以前よりずっと低く垂れ、その不吉な暗みを増していた。見慣れぬ景色と街並にひとりきりでいて、夕陽がだんだんそのオレンジ色を失っていくのを見ていると、僕はたとえようもない寂寥感を感じることになった。家出をして知らない遠くの町まできた少年が、暗くなってしまったらもうここから戻れなくなってしまうかもしれないぞ、と思っているみたいに。家にかえってあたたかいごはんが食べたい、あたたかい風呂に入りたい、あたたかいこたつでテレビを見ていたいと僕は思った。布団に寝転がって毛布に包まり、明日がきたら二度寝して何気無い一日が始まってほしかった。今日は明日が来ないかもしれないというぐらい長い夜になりそうだった。それから闇は刻一刻と深まっていき僕はどうしようもなく不安になってきた。冬の寒空は僕の体からあらゆるぬくもりを奪い取り、僕の意識を混乱させていた。それはまるで自分の体に他人の意識が入り込んでいるように感じられた。何もかもが重く、そして漠然としていた。ものを考えることが出来なかった。体からは微妙なバランスが失われ始め、何度も転倒しそうになった。

深い暗闇が辺りを覆い、冷やかなちりのようなものが周りを埋め始めていたころ、僕は恐怖すら感じるようになっていた。寒さは無数の棘のように僕の体に突き刺さっていた。一人旅ではじめての夜なのだ。人生ではじめての、<知らない遠くの町>の夜なのだ。おさまらない恐怖と、たとえようもない寂寥感を抱き続けて、進んだ先には温泉の町「別府」があった。僕の体からあらゆるぬくもりを奪い取っていた冬の寒空も、この町では効力を失くしていた。下水管の蓋からは湯気があがり、「ゆ」の簾がひらひらと舞って、町は温泉宿で活気づいていた。そこでは「千と千尋の神隠し」に登場する温泉宿のように華やかな色彩を持った宿があった。今にも、あの甲高い声のカエルと、紫式部のような女将、現代サラリーマン風な番台が出てきそうである。ついでに湯婆婆も。こんな精神状態のときに湯婆婆が出てきたら心臓が止まりそうである。