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三日目 広島-愛媛

僕は広島市にいた。いくつも立ち並ぶ高層ビルがまるでロボットの体のようにひしめき合っている。どこかでパトカーのサイレンの音がする。誰かが交通事故を起こしたのだろう。少し進むとその違反者と警察官がいがみ合っていた。警察官は規則に従って取締りを断行しようとしているが、違反者は原因はあちらだと主張している。自分は悪くない。あっちが線を越えてきたんだ、と。こんなのばっかりだと僕は思った。どちらもあらゆる規則の上で主張をしている。法律の規則、道路の規則、自らの規則。より洗練され、知的刺激であふれた都会の生活にはやさしさなんてない。

空からは氷のようにくっきりとした冬の雨がこまごまと地表に降り注いでいた。TODAYを道脇に停めてライダースジャケットについた雨粒を払っていると、雪の最初のひとひらが僕の手の甲を打った。雪だ。吐く息は空へ吸い込まれるように白く踊り、吸う息は肺に白い空気のかたまりを残していった。冬の空気で明確な輪郭を持った広島の町は僕の心を表現しがたい不思議な哀しみで充たした。雪が降ってきたので屋根のある公園で地図を広げて道を確認していたとき、牛乳配達の車がそばに止まった。そこで地図を広げて困っている僕の顔を見ていて思わず声をかけたらしい。僕が事情を説明して行先を伝えると、配達も後回しで案内を優先してくれた。礼を言って別れたあとで、やさしさなんてない、は撤回しておこうと思った。