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六日目 大阪-静岡

奈良の奇妙な集落を抜けてから三重へ入った。国道二十五号線から国道一号線に乗り換えて亀山に入り、ずいぶんと久しぶりに町の風景が見えてきた。間に合わせで作ったようなチェーン店やファストフード店は周りの平野風景と場違いに建っていた。僕は自動販売機でオレンジジュースを買い、TODAYを停めてそれを飲んだ。オレンジには石鹸の味が混じっていた。一口飲んで少ししてから、口の中に嫌な後味が残った。最初は錯覚だと思ったのだけれど、二口目にもやはり同じ匂いがした。僕はまだあの奇妙な集落にいるのかと僕は思った。なぜ石鹸の匂いなんかがするのか、理解できなかった。僕は残ったオレンジジュースを全部捨て、ペットボトルをゴミ箱に捨てた。とくにオレンジジュースが飲みたいというわけでもないのだ。

近くの信号が青になるのを待って国道に合流した。空はまだ曇っていた。どんよりとではないが奇妙にどこかよそよそしく暗い色をした空だった。近くの車が僕に向けてクラクションを鳴らして、どいてくれ、と窓を開けて言った。僕はすいませんと言って道を開けた。それから僕は気持ちが落ち着かないときにいつもそうするように深呼吸をした。周りの空気は灰でも吸っているかのようにざらざらとしていた。しばらく進むと鈴鹿サーキットが見えてきた。そこは僕が小学生の頃に修学旅行で訪れた場所だった。たしか五年生か六年生のときだったと思う。僕らはその後信楽に行って陶器を作った。それから自動車工場の社会科見学に行って、バスに乗って帰った。何もおもしろくない修学旅行だった。僕はまた深呼吸をして、ざらざらとした灰の空気を吸い込んだ。四日市に着くと、小学校の頃に社会科の授業で四日市ぜんそくについて学んだことを思い出した。四日市コンビナートから発生した大気汚染が集団喘息障害を引き起こした公害についてのあの授業をだ。まったく、と僕は思った。あの集落を抜けてからいいニュースが思いつかないな。何かの呪いにかけられているのかもしれない。火星人が僕に最後の魔法をかけたのかもしれない。またそんな意味のないことを考えているうちに愛知に入り、僕は県境である木曽川を越えようとしていた。