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一日目 鹿児島-大分

こげ茶色の地面になっている遊歩道の横に僕はテントを張った。僕がテントを組み立てる工程はぜんぶで十にわかれている。(1)テントを袋から取り出すにはじまって(10)杭を打ちつけるに終る。ひとつひとつ番号を数えながら、きちんと順序通りにテントを組み立てる。簡単だ。僕はテントを張り終えると中に入って寝袋を取り出してひろげ、その上に寝転がった。周りの世界が遮断されるとやけに耳がよく聞こえるようになった。そしてそれは少し不安にさせる種類の聞こえ方だった。まるでかくれんぼをしている時に鬼の足音に耳をすませるみたいに。風の音や草木のそよぎ、犬を散歩している人々の足音さえもが何かしらの暗示を含んだようによそよそしくなった。緊張感が細かいちりとなってあたりを漂う。世界中のあらゆるものが僕のテントを監視するために公園で待っているみたいだった。パトカーのサイレンが聞こえた。もしかしたら僕を捕まえにここまできているかもしれない。僕はだんだん自分が犯罪者になったように思えてきた。またこれだ、と僕は思う。僕はiPodとスピーカーを取り出し、それからアルバムを選択して「久石譲」の「Piano Stories Best '88-'08」を聴いた。眠れない夜にいつもこれ聴くのだ。これを聴いて僕はいくぶん安心し、眠りにつくことができそうだった。

やすらかな気持ちのまま今日の出来事を思い返してみた。わけもなく不安におそわれた前夜から覚めて、期待とワクワク感に胸をおどらせて出発し、興奮が解けはじめるころ「もうひとりの自分」が現れた。そのあと荷物を支える板が故障して都道府県のかたちについて真剣に考えた。山間にはさまれた道で寂寥感を感じて夕日を見た。闇が深まるころに寒さで体は痛めつけられ、歴史のある温泉でやすらぎをとり戻した。やれやれ。まだ初日だぞ。僕の旅はいったいどうなるのだろう。

僕は寝袋に深くもぐり込み、目を閉じて眠りに落ちていった。